何も信じられてない

嘘だろ?何がって別に。この体にこの名前で生まれてきてしまったことも嘘みたいだ。

本当はどうでもいいのに興味のあるふりをしていた。人が喜ぶからだ。でも誰かに喜ばれることには本当は価値がないかも知らない。

こうやって変な文章を書いて興味が完全に自分一人で閉じてしまっている。

誰かと、例えば好きな音楽の話がしたいかって、思ったことがない。同じものを好きだからって特に通じ合えるわけでもない。と思う。もしくは、これまでにそういう経験がないから知らないだけだ。だとしたら悲しいことなのか?

 

興味がない。本当に好きなものって何だろうな。この話は書いててつまらない。

 

今は集合絵を少しずつ描いていてこれは少し楽しみがある(他はやっぱり面倒くささが占める)。

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漫画はもうちょっと(2~3コマ色塗ったら)出来上がりだ。新都社にあげないかもしれない。でもあげると思う、迷うな。こういう内容だから。他人に興味が無いとどんな感想より単に一度でも他人に見られたらいいかと思っている。から、人目につく所が良い。もうこんな話書いてると本当にどうでもよくなる。ずっと考えすぎてあまり良くないことしか思い浮かばないんだ。死にたいと思うより死ぬことの恐ろしさのほうが強い。

昨日の夜か一昨日の夜、歯が痛く、拷問などで強烈に持続する痛みの中では人は死ぬことでしか逃げることが出来ないんだ、と考えていた。人間はロボットの頭のコクピットに乗り込んだパイロットで、巨大なロボットの機体のすべてについてちゃんと責任を持って管理したりコントロールすることができていない。与えられた機体を変えることもできない。一度乗り込まされたら死ぬまでこのロボットを操縦するんだ。でもパイロットにも体と名前があるとしたらどうだろう。この話は書いてると疲れてきた。

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ウルトラエグゼマ

久しぶりにUltra Eczemaの名前を見て懐かしいなと灯ってしまった(ミスタイプ)。しかしdiscogでカタログを見ても馴染みのあるアルバムがあるわけでもない。John Wiese、Kito Mizukumi Rouber(あぶらだこのボーカルのソロプロジェクト(さっき調べたら違った))、Hair Stylistics、名前は知っていても聴いたことのある盤は一枚もなかった。

*翌朝追記:Ultra EczemaはそもそもLPしか出してないんだからレコードプレーヤーを持っていない自分が聴いてるはずがなかった。しかしKito~はブログで落として聴いたたのを覚えている。MUTANT SOUNDSだったと思う

 

それは置いておいてもここのアートワークはガツンと食らう物が多かった。レーベルオーナーのDavid Tyfusが絵も描いている。

近年になるとより”漠”趣味の方に傾いていってる

えーこんなのが好きなの?

好きだなぁ。

ツインピークス 序章

ツインピークスの序章を見た。

その前に、さっき書いたブログ(文章・日記?)の最後で何もしたくないと書いたが嘘を書いてしまっている。こうやって文章を書いたり漫画描いたりもしている。

 

序章は実はHuluで見ていたのを見ている最中に思い出した。インランド・エンパイアの最初に出てくるクレイジーなおばさんがローラ・パーマーの母役で、やっぱりエキセントリックなことばかりするみたいだ。狭い田舎町の人間関係として男女の仲がどんどん出て来るが、こういうのも一度書いてみたい。でもわからないんだよな。

ゲイの女性描写というのはリアリティをどうも欠いてしまう。最初から興味がないからだと思う。でもドラァグクイーン的な、クィア的感覚というか、そういうのを備えている人ならむしろ女性描写の方が得意だろう。勝手にそう思ってるだけだが同じゲイでもそういうところで別れる。かもしれない。本当はゲイはみんなクィアなものだと思うがそこに真っ直ぐコミットできる人もおり、屈折した思いを持って生きていく人もいる。りゅうちぇるは意味不明(別に嫌いじゃない)。

あと最近バラエティでたまに見る眉毛の太い体も太めの青年(芸人?俳優?歌手?)。周りは「怪しい」だの「男好きでしょ?」みたいなグレーな扱いをしており非常に煮え切らない。全然面白くない。それともああいう扱いは”おいしい”のかもしれない。

 

今まで見たリンチの映画ではあまり感じなかったように思うが、ツインピークスの役者は演技が変にデフォルメというかわかりやすいというか、過剰すぎて可笑しい所がある。笑ってしまう。狙ってやってたとしたら尊敬するが多分そうでないだろう。

女性に対する暴力はリンチの作品に良く出てくる。彼自身がそれに過敏なのか、そういう欲望の歪な表れなのか、俺は前者を取ってみたい。そういう眼差しがリンチには何故か備わっているように大体いつも感じる。ブルー・ベルベットインランド・エンパイアロスト・ハイウェイではどうだったか忘れてしまった。確か脅されてポルノに出演させられる女はいた。それにしてもやたら可愛い女優がたくさん出てくる。彼なりのバランスの取り方か。

 

モチーフやパズルのピースが提示されていくがこれらを解決する手段として超常的な物が出て来るんだろう。自分が勝手に想像する今作の手法はこうだ。

まず思いついた状況をとりあえず撮る。そこに謎や手がかりが埋め込まれる。その場の思いつきなので、綿密な伏線が張られているわけではない。そうすると現実的な解だけでは説明できない事態が生まれてしまう。そこで超常的な力や存在がふっと現れてそれらを結びつける。

一話以降を見ていないが伝聞で想像するにこういうドラマだったと思う。こうやって説明するのはつまらないか。

玄武プール

  

俺は実際貶められていてそれに対しては常に怒ってるのだが逆に俺も誰かを貶めているのはそれはそうなので、それで相手に怒られても仕方がない、そしてその怒りを俺がなかなか正面から受け止められないということは、相手も俺の怒りを理解できないということもちゃんと許していかないと駄目なのか。それでも俺は俺として怒っていくべきなのか。しかし誰がそう言ってるのか。頭のなかに頭のいい人がいて、こうすべきああすべきと勝手なことを課してくる。これは治らないと思う。

 

薄毛のCMを見ていたら、同じ人でも発毛前と後との比較が映って、毛がある方が良いんですと、しかしそれを薄毛のCM(じゃない、発毛のCM)が言うのはマッチポンプじゃないだろうか?発毛のCMが薄毛をコンプレックスとして発信していたらそれはマッチポンプだと思うけど。

なにより、毛があってやっと普通なのだというメッセージが映像にはちゃんと込められている。俺は薄毛は本当は生理現象でしかないと理解しているし、それに個人差があるのだって仕方ないことじゃないのか。何故こういう努力をしなければならないのか時々わからない。街で、大学の教授っぽい禿げた人が歩いているのを昔岩倉の方で見かけたことがある。この話はどうでもいい。けど書きたかった。

 

人を貶めていることの大半は本質がない。本質的な部分でない、人が本質よりももっと重要視していることが俺が知っていたよりもっと多い。無駄が多いと思う。無駄な努力を強いられている気がしてしまう。そして俺はそれに勝てない。これは負け犬根性なのか?俺は一人で考えて立つことが全然できない。それが苦しいのかもしれない。

演技を強いられている気もしている。でも俺は全然まともな人間じゃない、妹がそうであるように。動物園にも遊びにも恋愛ごとにも興味が持てない。セックスは好きだ。一度もしたことがない。特に悲しく思うこともない。出来たらそれは良いこと。

 

なるべく沢山曲を作るようにしている。一番最初の曲の作成日時が3月4日だったので、4ヶ月半くらいで96曲。ペースとしては理想ではもう少し多く作れたらいい。とにかく量を増やして質は後から整えることにした。マスタリングという作業工程があって、そこで音のテクスチャーみたいなものを整える。この話は、あんまり誰も興味ない気がします。書く気力もない。

とにかく沢山作って、そこから40分程度のプレイリストを作り、アルバムとしてBandcampに投稿する。冒頭に貼ったのがそれです。

 

死ぬまで続いたらいいと思う。今年になってやっと続けていく環境が構築できた。構築という言い方はちょっとスケールとして大げさ過ぎる。

それ以外のことは何もしたくない。