ブログどうしても

文章を書く練習をしています

コロッケ

 黒雲の隙間から、シンセサイザーのか細い電子音が地上に降り注いだ。丘の上でしばらく耳をそばだてていると、いつの間にか日は沈んでいたという。電話で彼がそう話すのを聞いた後、私はビニール傘を持って丘の上まで迎えに行くことにした。雨はまばらで、街に人影はなかった。

産卵

 ドン!と大きな音がして、美代子は肛門から黄色い卵を二個、吐き出した。あまりにも大きな音だったので、階下の住人にも聞こえたのではないだろうか?美代子の顔を見ると、少しも恥ずかしそうな素振りも見せず、涼しげな顔で天井を見つめているのだった。

 昨日から「あなたのフェラチオなんか全然大したことない、社会的に見てもそうよ!」と言って出て行ったきりの美代子だったけれど、今目の前にいる美代子だって、社会的に見たらどうなの?と思わざるを得ない。美代子はこの世界にはもういない。黒い革財布の中身は全部、公園で拾い集めた落ち葉だったのだ。こういった話を長い間延々と続けていたので、私はなんだか眠くなって、喫茶店のテーブルの上に突っ伏して眠ることにしたのだった。夕方五時を知らせる商店街のチャイムが、この店の壁を何枚か貫いてから私の耳まで届く。私はそれに、なんとなく歌詞を充ててみた。

 

 暴君よ どこへ行く 今夜は雨だ 寝てしまえ

 

 地下室では産み出された卵を化物たちが選び分ける作業をしていた。およそ人間の能力ではわからない差異を見分け、四つの箱にそれぞれ卵(どれも同じようにしか見えない)が入れられていく。そのうち一つの箱には、投げ捨てられるように次々と卵が入れられていくので、中身はぐちゃぐちゃになっていた。きっと廃棄されるものなのだろう。同情を挟む余地もなく、我々には知りえない根拠でもって、産まれ得ない命が決められていく様子。それはどこか、高尚で文学的なメタファーのように感じられるものである。

製作日誌

 じゃあ、今眺めている景色を正確に描写してみよう。黒縁メガネの男はそう言って、真っ白なキャンバスの前に仁王立ちになった。それとほぼ同時に雷が窓の外でカッと光り、数秒か、十数秒か後に遅れて街中に轟いた。まだ外は雨は降っていなかった。私はその男のことなんか目もくれずに、保育園にいる一人娘のことを考えていた。今の時間なら、ちょうど園から出ているはずだ。私達は共働きで、だから娘は一人で家まで帰る。人通りの多い道だし、何かあったとき用に子供用のスマホも持たせている。心配なのは、雷だ。昨日、眠れなかった私がネットサーフィンで見つけた記事。眼の前で雷に打たれ人が死ぬのを見た、という男の記事だった。その確率がどれほどかは知らないが、例え一億分の一であったとしても、起こりうることは起こるのだ。それが私の娘でないなんて。黒縁メガネの男は懐から青い封筒を取り出して、中を開いた。中には金色の折り紙が五枚と、髪留め用の黒いピンを折り曲げて作られた六芒星が入っていた。折り紙の表面(つまり金で覆われている面)には黒いマジックでKとかFとかアルファベットが点々とあちこちに書かれており、ある一定の順番で折ることでなにか単語が現れる仕組みになっているようだ。六芒星の方には、よく見ると中心にレンズが填まっていた。これでアルファベットを読め、ということか?おあいにく様、男はメガネを掛けているから必要が無さそうだ。

よってらっしゃい、みてらっしゃい

 「グッド・モーニング!」

  ニアレスカの夏は、高らかな宣言と共に始まった。花火が上がり、街のあちこちで子どもたちが爆竹を弾けさせていた。空は高く青く、南風は日向で茹だる旅行客や草花のために適量の涼やかさとなって流れていった。今年の観光シーズンは例年にない賑やかさで、往来では人の頭が蜂の子のように密集し、そこから立ち上る湯気は遠くの山からでも見えそうなほどだった。

 やかましい!

 ビンツェル・イグモニファーは牛皮のソファーで横になって水タバコを吹かしていたアグラモービャに向かって叫んだ。アグラモービャの顔には三つの黒子があり、それぞれに「人食い虎」「二等星」「ブラックホール」という名前が付けられていた。名付け親は二軒隣に住むゼンゼギルド・シータ・ヴァナハイムで、その娘であるレンとギナのいたずら双子姉妹の手によって幼少時に顔に書き加えられたマジックの跡が、いつしか染み付いて黒子になってしまったのだった。ビンツェルはもう一度、今度はアグラモービャの後ろの壁に向かって叫んだ。

 いいかげん、静かにしてくれ!!

 そのうち、往来で祭りが始まった。金色の三角錐の屋根の神輿が厳かに担ぎ上げられ、人混みはより一層密度を増しいった。四階のベランダから見ると、黒く平たい生き物が金色の中心点に向けてうねうねと蠕動しているようにも見えた。このようにして毎夏この街は茹だる人間地獄と化すので、地元の人達は各自の避暑地へと数日前には出ていってしまう。アグラモービャたちも、そうすべきではあったのだ。ただ、タイミングが良くなかったのである。全てはもう遅いのだ。玄関のベルが鳴ると、宅配弁当の配達員が黙ってドアを開け二人のいる部屋に入ってきた。

「いやあ、表はすごいですよ。こんな時期によくもまあ配達なんて。弁当が押しつぶされるところでした」

 アグラモービャが卵焼き弁当、ビンツェルが焼肉弁当を受け取ると、配達員はソファーにどっかと座り込んだ。

「ちょっと。もう金は払ったんだから、君は帰りなさいよ」

「嫌だね。さっきも言ったけど、人がすごいんだ。神輿が向こうの通りに行くまですこし休ませてもらうよ。文句言うか?こんな時期に配達を頼んだあんたらが悪いんだから」

 アグラモービャは台所の鉄箱から蒼氷の刃を取り出すと、鳥かごの中から銀の鳳凰卵を二つ取り出して、こう言った。

「この手品は父から代々受け継いだ由緒ある伝統芸。これを見た人間は、このタネを知りたいがために術者の言うことをなんでも聞くようになるという話さ。現に、ここにいるビンツェルだって、このタネを知りたいがために私の身辺の世話をしているのだからね。それほどまでに、人間の好奇心というのは利用価値のあるもの。私達一族はこれを使って群衆の心を掴み、操ってきたのだ。だから気をつけなくちゃならない。もしも本当に知りたいことができた時は、まずそれに近づくべきなのかどうかを考えることさ。それから、何か身を滅ぼすような危うさを嗅ぎ分けられたなら……まぶたをさっと閉じる。耳を塞ぎ、鼻息を止める。そして自分が最も信じられる神様に向かって、こうやって祈るんだ——私は白痴のままで構いません、とね。さあ、始めよう。一世一代の奇術ショーの始まりだよ!」

小便の避難口

 もう俺たちはどこにも行かなくていい身体になったみたいだ。くるくると回りながら、星を眺める。みんなそうやって一日をすごすようになった。もし、これが未来なら。あの日夢見た未来なら、求められたはずの答えは地中深く埋められたままだ。蛹が裂け、返り血を浴びせる。心は鬼のようになり、けたたましいサイレンがずっと鳴り止まないでいるから俺たちはこの世界が好きなんだ。ねぇ、そこで見ているあなた。普段は何も考えていないふりをしていても、頭の何処かではこう考えているはずだ。未来がこのような形であることを。すでにそれは始まっているし、終わっている。二度と訪れない死を終わりなく体験し続けるのと同じように。退屈な映画の流れるスクリーンに閉じ込められた小鳥たちのように。睡眠は誰の救助も求めてはいない。夜は、数少ない俺達の味方だ。でも、いつかすべてが間違いと気づいてしまう前に、そっと花瓶の前のナプキンの上に、俺達自身を置いて立ち去ろう。さようなら、月の水。

朝日を望む丘

 きゅうり畑があって、それは私の家の畑なんですが、毎日そこに水をやりに来る迷惑なおばあさんがいるんです。緑のジョウロに水を入れて、あぜ道から届く範囲にだけ撒いてるみたいなんですが、ジョウロの中身が硫酸なんですよ。信じられますか?

 そのおばあさんはいつもピンク色のセーターを着ていて、背中にはUFOという文字が青い太字で刺繍されているんですけど、昨日はUFOじゃなくてIMOだったんです。黒い蝶がどんどん群れになって飛んでいくから、昼間なのに空が暗い。数百匹の蝶を閉じ込めていたどこかの民家が、何かの拍子で取り壊されたみたいなんです。それで、中にいた蝶が一斉に空に…。どこまでも続く空中の黒い蝶の道の上を、あのおばあさんが歩いて渡って来る…右手にジョウロを持って。私のきゅうり畑は、私が絶対に守る。あの悪魔に渡してたまるものですか!

映画「かまたまうどん」

 夕陽を反射してビロードのように真っ赤な遊歩道の上を、蟻の行列が横切っていくのを座って見ていた。どこか遠くの方からピンと張った輪ゴムを思い切り弾いたような音が聞こえると、ふわっと向かい風が起こって私の顔と胸を撫ぜた。額に張り付いた前髪が少し跳ね上がって、また額に着地した。
 それからしばらくして、街は宵闇の中に閉ざされた。誰一人外を出歩くことはなく、草木も、地面も、川底の石も、皆んな深く眠っていたという。私が事務所の横で聞いたのは、そこまで。電話が鳴り、急いでそこを離れる羽目になったからである。

 ビルの外に出ると、鎖に繋がれた黒い犬が、青空にぽっかり浮かんだ鎌型の白い雲を見上げていた。気分は夏、日本はまだまだこれからだ。そう言って、電話の相手は笑った。私はこの後、自室用に白い無地のカーテンを買って地下鉄に乗り、降車駅で酔っぱらいのゲロを踏みかけ、すき家でたまたま中学時代の同級生とばったり出くわした。